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曼荼羅 マンダラ タンカ 額縁付属 掛軸 肉筆画 チベット密教 仏教美術 一点物



曼荼羅 マンダラ タンカ 額縁付属 掛軸 肉筆画 チベット密教 仏教美術 一点物
14,300円



曼荼羅(まんだら)は、古代インドを起源とする宗教的・哲学的な図像であり、仏教、特に密教において発展を遂げた神聖かつ象徴的な存在です。 その名称はサンスクリット語の"mandala"に由来し、「円」「円環」「輪」「集まり」「場」といった意味を持ちますが、その解釈は単なる幾何学的な形にとどまらず、宇宙全体の秩序や構造、精神世界の階層、あるいは内面の心理的状態までを包括する多層的な意味合いを帯びています。 曼荼羅は、視覚的な形態を通じて形而上の真理や宇宙観を象徴的に表現するものであり、宗教的実践においては瞑想、祈り、儀式の中心的なツールとして用いられてきました。 仏教における曼荼羅の発展は主に密教において顕著であり、特にチベット密教や日本の真言密教、天台密教において、曼荼羅は教義を図像化し、宇宙と仏の真理を表現するものとして極めて重視されました。 密教の中心的な存在である大日如来(ヴァイローチャナ)は、曼荼羅の中央に位置し、その周囲には諸仏、菩薩、明王、天部などが階層的かつ秩序的に配置されます。 この構造は、仏教的な宇宙観や悟りへの道筋を示すものであり、曼荼羅全体が一つの壮大な宗教的世界観を構成しています。 曼荼羅の図像は一般に、中央を起点として同心円状または方形に構成され、その中にさまざまな神聖な存在が幾何学的に配置されます。 これには明確な意味があり、中心は宇宙の根源や真理、仏性を象徴し、外側に向かうにつれて現象界の広がりや多様性、あるいは煩悩の世界が描かれていくことになります。 瞑想者は曼荼羅を視覚的に観想することで、外界の混沌から中心の静寂へと心を導き、次第に自己の内なる仏性に気づき、最終的には悟りに至るという霊的プロセスを体験するのです。 日本においては、空海(弘法大師)が唐の長安より密教を持ち帰った際に、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の二大曼荼羅を伝えたことで、曼荼羅信仰が本格的に根付くようになりました。 これらの曼荼羅は、真言宗において密教の教義を体系的に表すものであり、金剛界曼荼羅は理智、胎蔵界曼荼羅は慈悲を象徴し、この両者は密教における宇宙と仏の二つの側面を補完し合う関係にあります。 両界曼荼羅は、多くの場合、寺院の内陣に掲げられ、修法、護摩、灌頂(かんじょう)などの儀式において、行者が仏を観想し、自らがその本質と一体となるための重要な媒体とされてきました。 曼荼羅の制作には高度な技術と深い宗教的知識が求められます。 素材には絹本、紙、壁画、あるいは金属などが用いられ、時には極彩色で緻密に描かれたり、織物や刺繍で表現されたりすることもあります。 さらに、チベット仏教では砂曼荼羅と呼ばれる極めて繊細な手法が存在し、彩色した砂を用いて数日間あるいは数週間かけて曼荼羅を作成します。 完成後には、儀式によってその曼荼羅を破壊し、砂を水に流すことで「無常」の真理を体感し、執着を手放す教えを体現するのです。 曼荼羅はまた、宗教的儀式の枠を超えて、近代以降は心理学や芸術の分野にも大きな影響を与えてきました。 特に20世紀の心理学者カール・グスタフ・ユングは、曼荼羅を「自己の統合と中心化を象徴するもの」として注目し、無意識の構造を理解するための有効な象徴として分析に取り入れました。 ユングは、人間の心が混乱や分裂から回復し、内的な秩序と調和を回復する過程において、曼荼羅的構造が自然に現れることに着目しました。 この観点から、曼荼羅はセラピーやヒーリングのツールとしても現代社会に広く応用されるようになり、曼荼羅ぬり絵や曼荼羅アートといった手法が、ストレス緩和、内省、創造性の開放に役立てられています。 曼荼羅には宗教や文化の違いを超えて、人間の心の深層に共鳴する普遍的な力があります。 その幾何学的な対称性と秩序は、自然界の構造とも呼応しており、花の形、雪の結晶、惑星の軌道などと共通するリズムを持っています。 これにより曼荼羅は、視覚的な美しさだけでなく、生命と宇宙の根源的な調和を象徴するものとして多くの人々に感動を与えてきたのです。 このように、曼荼羅とは単なる宗教的な図像ではなく、宇宙、精神、宗教、芸術、心理といったさまざまな次元を横断する、極めて多義的かつ深遠な存在であり、その本質に触れることは、人間の存在そのものに対する深い洞察と自己超越を促す行為でもあります。 曼荼羅の中心へ向かう視線は、外界の喧騒から内なる静寂へと向かう旅であり、そこには時間と空間を超えた神聖な真理への道が静かに広がっているのです。 ユングとマンダラ ユング心理学の重要なキーワードに「マンダラ」 (Mandala)という言葉があります。 周知のようにマンダラは、元々インドのサンスクリット語で「Manda」という本質を意味する言葉に「得る」という意味の接尾語が着いた仏教の儀式などに使用される図絵のことです。 したがってマンダラは、本質や真理に至るための図ということにかいされます。 チベット仏教 (ラマ教)の宗教儀式などの際、僧侶たちによって、何ヶ月も掛けて制作される「砂マンダラ」の荘厳な美しさは圧巻です。 マンダラは、単なる装飾的な図絵ではありません。 それは仏教の宇宙観を感得するための助けとなるイメージの増幅器のようなものです。 日本では平安初期に空海が持ち帰った「胎蔵界曼荼羅」(たいぞうか いまんだら)と「金剛界曼荼羅」(こうごうかいまんだら)が有名です。 前者は、大日経をイメージしたもので、中心には「大日如来」が鎮座し、周囲には諸仏や 菩薩などが整然と配されています。 後者は金剛頂経に基づき作られた大日如来の悟りの智慧を象徴するもので、このふたつを合わせて「両界曼荼羅」と呼ばれています。 この魔法の絵とも呼ばれる東洋の「マンダラ」にヨー ロッパの心理学者ユングが注目した理由は、臨床で、患者さんが描くマンダラ的な絵に何度も遭遇したことに始まります。 そして、夢の内容も調べていくとマンダラを象徴するような夢が多いことに気が付きました。 ユングはそこで、チベットの高僧に、接見してマンダラの話を聞きました。 すると彼はこのようにマンダラを説明しました。 「マンダラとは・・・精神の像・・・であって、・・・ ラマ僧のみが想像の力によってこれを形成することができる。 マンダラは一つとして同じものはなく、個々人によって異なる。 また僧院や寺院に掲げられている ようなマンダラは大した意味を持たない。 なぜならそれらは外的な表現にすぎないからだ。 真のマンダラは常に内的な像である。 それは心の平衡が失われている場合か、ある思想がどうしても心に浮かんでこず、経典を紐解いてもそれを見出すことができないので、みすからそれを探し出さなければならない場合などに、 (能動的な)想像力によって徐々に心の内に形作られるものである」 (C・G・ユング「心理学と錬金術?」第三章「マンダラ象徴」1976 人文書院) ユングは、この東洋の不思議な絵図を、単なる東洋の人間に特殊な内面の表象などではなく、それが同時に、人間普遍の宇宙観を示すものであると考えるようになりました。 一面的に見れば、マンダラ図というのは、中央に中心概念があり、ある面で非常に中央集権的というか一神教的に見えます。 しかし大日如来という中心概念はマンダラにとって、絶対的な意味を持ものでしょうか。 どうもそうではないようでです。 お写真7枚目からはヒモの掛け方を写した写真ですのでご参考にして下さい。 額縁に小傷等がございますのでお安くご提供です。 【一点物】お写真に写っている商品を発送致します 製造国 ネパール 曼荼羅寸法 縦 約330mm-350mm(額縁込 37センチ) 横 約350mm-350mm(額縁込 37センチ) 重量 約440g 額縁  付属品 紐(ひも) ※額吊金具・額受金具は付属しておりません 材質 ポリ塩化ビニル フレーム色 ゴールド 表面 アクリル板 宝石鑑別書ブログ True Stone 天然石の真実
True Stone
レビュー件数:5
レビューアベレージ:5

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